エッセイ「鬼嫁VS妖怪姑のあくなきバトル」

婚活・恋愛
嫁と姑のバトルシーン

鬼嫁が妖怪姑を追い払ったパワーワードとは…

あの時、私はヒールだった。
言わずもがな、ヒールとは悪者役のことだ。
物語の中には、いつも正義の味方のヒーローやヒロインがいて、悪役のヒールがいる。
誰もが幼い頃は自分は正義の味方だと信じきって、ヒーローやヒロイン視点で物語に入り込む。
悪役に対して「なんてひどい奴。死んでしまえばいいのに」と悪態をつきながら、心の中で拳をつくり、まるで憑依したかのようにヒーローになりきって、ヒーローと一心同体で闘う。まさか自分がいつか悪役になる日が来るなんて思いもせずに…。

私だって本来は、ドラえもんやのび太側だった。
決してジャイアンやスネ夫側ではない。
それなのにあの時、私は人生で初めてヒール役を演じていた。

2009年5月。大阪・四天王寺の境内を背に建てられた白亜の新居に義母が訪ねてきた。
アールがかかった優美でモダンなフォルムの建物の玄関先には、外の新緑の清々しい空気とは裏腹に、一発触発のキナ臭い香りが漂っていた。

「あらお義母さま、ご無沙汰しています」
私の声は張りつめすぎた緊張感でほんの少し上擦っていた。
「ご無沙汰してますやあらしませんわ。今日は言いたいことがあって来させてもらいました」
義母の声も毅然としながらも、あまりの怒りと緊張感ゆえに微妙な弦のたわみと震えを感じさせる。
「そうなんですね。わざわざありがとうございます。それではお茶でも入れますね」
平静を装いながらも、戦闘モードにスイッチが入ると標準語のイントネーションのエッジが鋭くなる。私の声には、プワゾンの香水をまき散らしたかのようなふてぶてしい悪女臭が匂う。
「お茶なんか結構です。よろしいか。浩司出て行ったのをいいことに、この家に居座って、あんた、会社を作るってどういうことですか。あんたがテレビに出てたん、この典子が見てますねん」
後ろで義理の妹の麻衣子が気弱そうに青ざめた表情で立っている。
「あら麻衣子さん、『おは朝』見てくださったんですね。ありがとうございます。会社のことをご報告する機会がなかったのは申し訳ないですが…」

「そういうことやあらしませんねん。だいたいあんたはお金目的で雅司と結婚したんやないの。仲違いしたんもお金のせいでしょ」
のらりくらりとした私の受け答えを叩き切るように義母は割り込み、いよいよ怒りのボルテージは高まっていく。しかしその火花は私の感情にも引火した。
「お金じゃありません、お義母さま。セックスです」
意表をついたえげつない返しに、一瞬、魔の時間が通り過ぎる。
「は…あ、あんた何言うてはりますのん。あ、あんたはお金が‥」
義母がひるんだ隙を私は逃さない。
間髪入れず怒涛の禁句ビームを浴びせ返す。
「いいえ、お義母様。セックスです。セックスが合わなかったんです」
昔アナウンス学校に通った杵柄で、滑舌正しく、はっきりと言い切る。
それは確かに真実でもあったが、明らかに禁じ手でもあった。
戦前乙女世代の義母にとって絶対に聞こえてはいけない言葉、考えてもいけない言葉、口にするなどもっての他の禁句四文字を連呼して、節分の豆撒きで邪気を払うかのようにぶつけたのだから、たまったものではない。
反則技である。
「は、話になりませんわ。今日のところは帰ります。
けど絶対許しませんからね、あんたのことは」
捨て台詞を吐いて義母は退散していった。
「悪霊退散」
私は心の中でそう呟き、玄関先に塩を撒いた。
拳がまだ微かに震えていた。
それは、私の黒歴史の始まりだった。
相手にどんな言葉が刺さり、どんな言葉を忌み嫌い、どんな言葉に傷つくか。
そこを嗅ぎ分ける嗅覚は幼い頃から激しい姉妹喧嘩の末に身につけたものだ。
同時にその嗅覚こそが、私をコピーライターという言葉を操る仕事へと導いたのかもしれない。

コピーライターとして独立し、小さな広告会社を運営した後、2005年、私は印刷会社の二代目の経営者である夫と結婚した。義父は既に他界しており、義母が会社の会長だった。最初の一年は二人の意向で、週末だけ旅行や食事を一緒にする週末婚、別居婚でうまくいっていた。
ところが二年目から姑の意向で通常の同居婚となった。その代わり義母は四天王寺の一等地に立派な新居を建ててくれた。
しかし案の定、そこから夫婦仲が噛み合わなくなった。

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