良元花、60歳。オールドルーキーのチャレンジャーです。
「良元 花と申します。」
職員室で山ノ手小学校の教員たちを前に、花は他の異動してきた教員数人と一緒に一人ずつ自己紹介を交えてあいさつをした。
「60歳と年齢はいってますが、教師一年生のオールドルーキー、チャレンジャーです。
長年コピーライターという、教育とはまったく違う広告業界で仕事をしてきました」
おーっと微妙などよめきが起こった。
「コピーライターと言うのは、企業や商品の “いいところ”を見つけ、その潜在的な可能性を引き出すのが仕事です。これからは、子どもたちの“いいところ”を見つけ、可能性を引き出す仕事がしたい。そう思って、教育現場に飛び込んで参りました」
とまあ、とってつけたようなロジックを、選挙に出馬する候補者のように、いかにももっともらしく語るのがコピーライターのプレゼンテクニックだ。
「教育業界、教師の仕事は、正直申し上げて全くのド素人です。右も左もわかりません。そのため、非常識な言動で色々ご迷惑をおかけすることもあるかと思います。1日でも早く慣れ、みなさんと子どもたちのお役にたてるようがんばります。どうぞお手柔らかにご指導くださいますよう、よろしくお願いします」
と最後は意識的にハードルを下げながら締めくくった。パチパチとまばらな拍手が鳴った。
——視線は好奇心50%、不安50%ってとこか。だよね。
山ノ手小学校の教員たちは一様に“いい人オーラ“を漂わせている。
好青年風なにこやかな笑顔で歓迎の意を露わにしている長身の若手教師。口元に小さな笑みをたたえるお育ちの良さそうな20代前半と思しき女性教師。ポカーンと半ば無関心そうに眺める中年男性教師。しかし、みな一様に平和で穏やかな空気感だ。
出立ちは今時の教師らしく、適度にカジュアル、適度に自分らしさのスパイス効かせて、地味でもなく派手でもなく、そつなく教師然とした着こなしをしている。昔のようなガチガチの真面目風の教師のイメージではなく、一般企業の社員の様相ともそれほど変わらない。
それでも花には、自分とは一線を画す「ちゃんとした人々」に見える。
そんな中で、一際目をひく人物がいた。なんとなく存在感が浮いているのだ。先生然としていないのだ。
しかも、それは校長である。しかも妙齢な美人である。天野 梨花(あまの りか)という50代と思しきその女性は、顔は華やかで端正なリカちゃん人形なのだが、声が野太くワイルドで、存在感がジャイアンである。見た目と声と存在感が釣り合ってない。
そして、なんと言っても、前置きなくいきなりぶっ込んでくるトークが唐突過ぎてユニークすぎる。インパクトがありすぎる。
なんというか、はっきり言って校長らしくない。つまり、校長らしい「ちゃんとした人」感がないのだ。
——もしかしてこの人、私と人種近いんちゃうか…。
花は獣的直感で鼻をピクピクさせた。花はこの校長を心の中で「アマゾネス・リカちゃん」と呼ぶことにした。
一通り挨拶が終わり、職員会議が解散すると一人の教師が声をかけてきた。さっきの好青年風の若手教師だ。
「良元先生、谷岡と言います。コピーライターだなんて、カッケーっすね」
190センチ近くあろうかと思う長身の谷岡を、150センチそこそこの小さな花は海老反りになって見上げた。
「いえ、そんなことないです。それしかできないだけです。谷岡先生のような本物の教師の方がよっぽどカッコいいですよ」
「本物って、ハハ、良元先生だって本物じゃないですか」
「いえ。私は、なんちゃって教師なんで」
「そんなこと言ったら、僕だってまだ5年目っすから」
「とんでもないです。私、本当に右も左もわからなくて‥」
「あのですね、もし何していいかわからなくなってパニックったら、とりあえず隣の教室に駆け込んでください。そうしたら、何かしらわかりますから。それに最悪その隣の教室の先生が助けてくれますから」
谷岡先生はカラカラと笑った。
「実は、僕が一年目そうしてたんです。大丈夫ですよ。みんな素人から、いきなりやってるんですから」
「そうなんですね。わかりました。じゃ、私もやってみます」
なるほど。教師ってみんなそんな感じか。花はちょっと安心した。
「教師って、企業のような新人オリエンテーションとかないんですよ。県や教育委員会が開催する新人研修くらいでね。だから、現場ではみんなぶっつけ本場。ま、何かあったら何でも聞いてください」
「ありがとうございます。心強いです」
確かに企業の手厚い新人研修システムに比べて、教員の就任後の研修システムはほぼないに近い。大学時代に母校に1ヶ月見習いで通う教育実習だけで、就任してからは、ほぼほったらかし。昔の職人の修行並に「見て覚えろ」の世界に近い。これじゃ離職率が高くなるわけだ。
それにしても、谷岡はまさに絵に描いたような好青年だ。どの言葉も腹の底から掛け値なしにストレートに言ってるのが伝わってくる。なんと言うか、人の心を楽にしてくれる、気づかいのできる人だなと花は感心した。
不意に背後から野太い声が襲いかかった。
「良元先生、そのご年齢から新しいことにチャレンジするなんて、パワフルですねえ」
——出た、アマゾネス・リカちゃん校長だ。花の逆毛がピンと立った。
「いえ、そんなんじゃないんです。崖っぷちなんです」
振り返りざま、作り笑顔で答えた。
「またまた、ご謙遜を」
リカちゃん校長はクスクス笑いながら、親し気にハナの肩をパンと軽く叩いた。大阪のおばちゃん風に。
「いや、60歳から先生になるって、正直、自分でも意味がわかりません。でも、わかんなくても走り出したら、たいてい何とかなるのが人生かなって」
こわばった笑顔でヘラヘラ返した。
——知らんけど…。心の中でそう呟きながら。
「ところで、先生はなんで、その年齢で教師になろうと思ったんですか?」
——うわ、いきなり本質にぶっ込んできた。
「少なくとも、お金が目的じゃないですよね?」
——それって、ドストレートすぎるやろ。いくらなんでもビックリするわ。
こうなったら、ガチ大阪のおばちゃん対決である。
「いいえ、お金です。」
ぶっ込みには、ぶっ込みで返すしかない。なんの防衛本能か知らんけど。
「むしろお金しかありません。」
そして、さらに重ねた。
「100%お金です!」
good、better、bestのリズムで3段オチである。



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